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その2  クリスマスのルーツ

世の中ではクリスマスモードで大盛り上がり!
今年も色々と御座いましたが、
こんな時にこそ右上がりな雰囲気に乗って盛り上がりましょう!
でも、いつからクリスマスが定着して行事として浸透して行ったのか? 
そんな簡単な歴史とルーツを参考資料を元に纏めてみました。 


簡単な歴史
 

明治維新以前

1552年(天文21年)に、
周防国山口(現在の山口県山口市)において、
宣教師コメス・デ・トルレスたちが、
日本人信徒を招いて降誕祭のミサを行ったのが、
日本で初めてのクリスマスである。しかし、
その後江戸時代に幕府がキリスト教を徹底的に弾圧したことから、
明治の初めまでまったく受け入れられることはなかった。

明治時代

日本でクリスマスが受け入れられたのは、
1900年(明治33年)に明治屋が銀座に進出し、
その頃からクリスマス商戦が始まったことが大きな契機であった。

大正時代

大正時代になると、児童向け雑誌や少女雑誌の十二月号には、
表紙をはじめとしてクリスマスにまつわる話や挿絵がたくさん導入された。
1925年(大正14年)に日本で初めて、
クリスマスシール(結核撲滅の寄付切手)が発行される。

昭和(戦前)

1926年(大正15年)12月25日に大正天皇崩御し、昭和時代が幕を開けた。
戦前の休日法は当初から先帝祭を休日に定めていたため、
1927年(昭和2年)3月4日に当時の休日法「休日ニ関スル件」が改正され、
大正天皇祭(12月25日)が設定された。
クリスマスの習慣は休日だったこの時代に広く普及したとされている。

1928年(昭和3年)の朝日新聞には「クリスマスは今や日本の年中行事となり、
サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれるまでに普及していた。

昭和初期の頃、銀座渋谷道玄坂から浅草にいたるまでの多くのカフェや、
喫茶店においてはクリスマス料理の献立を用意し、
その店員はクリスマスの仮装をして客を迎えた。
この様子を1931年昭和6年)12月12日都新聞は、
「七千四百余のカフェと二千五百余の喫茶店に華やかに、
クリスマスが訪れサンタ爺さん大多忙を来たす」と報じた。

昭和(戦後)・平成

1948年(昭和23年)7月20日に、
国民の祝日に関する法律」が施行され、
大正天皇祭は休日から外されてしまったが、
以降もクリスマスは年中行事として定着し、
行事も盛大に行われるようになった。
商業施設では早いところは11月上旬からクリスマスツリーが飾られ、
クリスマスセール等が行われる。店内にはクリスマスソングが流れ、
洋菓子店ではクリスマスケーキが販売される。街中では街路樹に豆電球、
(近年は省エネに配慮してLED照明)が飾り付けられる(イルミネーション)。
庭のある家庭では、庭木などに電飾を施すこともある。
商業施設などの場合、
12月24日のクリスマス・イブにイベントなどを開くことがある。
 

イギリスおよび英連邦諸国では12月26日に使用人や、
配達人などにプレゼントを渡すボクシング・デーがあり、
1月6日までをクリスマス期間ともしているのに対して、
日本では12月25日を過ぎるとクリスマスの飾りが一転して門松などの正月飾り、
(日本の神道式)に付け替えられたり、
小売店などでも正月準備用や大掃除用商品の陳列・販売が中心となる、
BGMも「お正月」が流れる、という点が特異である。
近年ではカウントダウンイベントが盛んになる12月31日深夜まで、
イルミネーションがそのままにされているところも出てきている。

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本当に贅沢なる究極なる1本とは何か?
それは金額の大小に関係なく1/365の確率で着用する機械式時計の存在。
1日限定 24時間だけのさりげない期間限定着用というスペシャル。
クリスマスバージョンの赤い文字盤のクロノマットEVOです。
 

撮影機材:NikonD3S 
AF-S MICRO NIKKOR 105mm 
1:2,8G EDレンズにて撮影です。
2011-12-24  Toshifumi Kako  


株式会社オートファッションファクトリー横浜店
神奈川県横浜市都筑区早渕3-31-1
045-591-0888 
加古 俊文